サッカーでは一部の大会で人工知能(AI)を用いた判定が行われており、大リーグでは「ロボット審判」の採用が視野に入っています。この技術がどのような影響を及ぼすのかについて、日本サッカー協会で審判の指導役を務める佐藤隆治さんと、大リーグ傘下3Aの審判員である松田貴士さんにお話を伺いました。
(※2024年3月1日(金)朝日新聞朝刊の記事を参考に要約しています。)
AI導入で人間味ある判定が減る可能性がある?
日本サッカー協会・佐藤隆治さん
2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会で初めてビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が導入され、2022年カタール大会ではAIを使った半自動オフサイド判定システムが加わりました。AIを含めたテクノロジーが判定に入ってくる流れは今後も続くでしょう。ただ、どんなにカメラの台数や人間を増やしても、誤審がなくなることはありません。
映像を使うのが人間である以上、ヒューマンエラーはなくなりません。ラインを割ったかという事実の見極めはVARに任せられても、接触プレーの判定には主観が入り込みます。最終的に誰かが決めないといけない。それを審判に委ねているのです。
VARの導入当初から、決断力など審判の能力が低下する懸念が出ていました。逆に、判定力が向上するというのが私の持論です。VARを担当すると、様々な角度からの映像を見ることができ、それをピッチ上でのポジショニングに生かせるからです。
審判を指導する立場になって伝えているのは、VARは道具であるということです。どうせ映像で確認できるからとVARに任せてしまうと、審判は判断しなくなります。それではピッチに立つ意味がありません。ならば、監督も選手もAIにしてしまえばいい、ということになりませんか。
審判にはゲームをマネジメントする役割があります。この先も、それは人間でないとできないと思いたいのです。選手やチームの状況を理解した、人間味ある判定も存在します。すべてをVARやAIに任せてしまえば、そんな判定はなくなり、冷酷なものも出てくるかもしれません。
審判が科学技術に取って代わられるような時代が来るとしたら、私は嫌です。人間の主観が入る部分をすべてそぎ落としたら、サッカーはつまらないものになるでしょう。VARや細かい映像がなかった時代には、審判にも個性がありました。しかし、いまや同じような審判、同じような指導になっています。これにはさみしさを感じます。
映像を使うVAR担当審判は絶対に間違ってはいけません。大きな重圧とストレスにさらされている彼らはいつも、「生きた心地がしない」と話しています。大変な時代になりましたが、原則としてやることは変わっていません。VARの有無にかかわらず、きちんと判定することに行き着きます。
機械任せにできない妨害やスイングの判定はどうする?
大リーグ傘下3A審判員・松田貴士さん
投球がストライクかどうかを機械が自動的に判定する「自動ボールストライク判定システム」(ABS)は「ロボット審判」とも呼ばれ、2022年から大リーグ機構(MLB)傘下の3Aで導入されています。MLBの独自プログラムが各選手の身長を入力するなどして決まるストライクゾーンに対し、複数の高性能カメラが捉えた投球の軌道がストライクかどうかを判定する仕組みです。弾道を測定する複数のカメラが球場に設置され、2022年は一部の球場でしか採用されていませんでしたが、昨年は全30球場に広がりました。
ABSを運用している時は、原則として投球の判定に関して人間の審判の判断を挟みません。投球が捕手のミットに収まると、録音された人間の声で「ストライク」か「ボール」の判定が間を置かずにイヤホンから球審に伝えられます。球審はそれをコールするだけです。
ABSを導入した一番の目的は、投球を正確に判定することです。3Aではこれまで、弾道測定器による自分の判定結果を教えてもらっていませんでしたが、昨季からデータをもらえるようになりました。そのデータを見ながら、判定を客観的に検証できるようになったのです。
ABSの導入によって審判の威厳がどうなるのかと言われますが、野球というスポーツで一番大事なのは正確に判定することです。ABSは客観的なデータを使用できるので、個人的には導入に賛成です。
一方で、審判の役割は幅広いため、すべてを機械による判定に任せることはできません。打撃や守備妨害、スイングしたかどうかの判定は、人間の審判による判断が必要です。
ABSが完全に導入されると、捕手がミットを動かすことによって際どい球をストライクと判定させる「フレーミング技術」が必要でなくなり、良いキャッチャーの定義が変わるのではないでしょうか。今はボールゾーンに来た球をミットを動かすことによってストライクと判定させる技術が評価されています。それがいらなくなると、捕手はキャッチング技術が高くなくても、打てて肩が強ければ良い、ということになります。野球が間違いなく変わると思います。
SNSが発達したため、「誤審だ」という訴えが拡散され、批判されることもあります。機械による判定は、そういった心理的な負担も取り除けると思います。
AI審判による判定で選手たちはどんな喜怒哀楽を見せるのか・・・ぜひ会場に行って写真に収めてくださいね。